コラム:強い画を欲しがるレポーターの性

「マスゴミ」と批判された記者より悪い奴
人物を取材するのであれば、「喜怒哀楽」の感情があると、よりカロリーの高い画になります。
喜怒哀楽の中で、とりわけ高カロリーなのは「怒り」と「涙」。
そのため芸能レポーターの中には、わざとしつこく食い下がって、取材対象を怒らせるといった技を使う人がいるほどです。
テレビの中の人がいかに画の強さにこだわるかを物語るエピソードがあります。
かつて、信号待ちをしている保育園児が交通事故に巻き込まれてしまう痛ましい事故があったとき。園長はじめ保育園の関係者が並んだ記者会見の生放送で、新聞記者が保育園の安全管理について質問したことがありました。
すると、生放送で会見が中継されていたため、たちまちネットで「なぜ、被害者側である保育園を問いただすような厳しい質問をするんだ」とか、「マスコミは保育園側を悪者に仕立て上げようとしてるんじゃないか」といった批判の声が上がりました。
しかし、そうした新聞記者より、私が問題だと思ったのは、次のような質問を園長先生に投げかけた女性レポーターです。
「被害に遭われたのは、さぞ、かわいいお子さんだったんでしょうね?」
こんな質問をされたら、すでに涙している園長先生だって、思わず突っ伏して号泣してしまいます。
質問自体にたいした意味はありません。そのレポーターは号泣する強い画をカメラに収めるために、そのような琴線に触れる質問を投げかけたのでしょう。
これには見ていた私も、さすがに「悪いやっちゃなー」とつぶやきました。
お断りしておきますが今は、このようなあざとい取材をしてまで号泣映像=強い画をカメラに収めようとする人は少数派となりました。
今後、視聴者のメディア・リテラシーがより高まっていけば、このような取材はなくなっていくはずですが、テレビの世界には、そこまでしてでも号泣映像のような強い画を欲しがる人が、存在しているのです。