テレビに出ることのメリットとデメリット


テレビ出演にはデメリットもある


世帯視聴率が1%で、全国で約100万人が見ていることになるテレビ。その影響力はメリットだけではありません。


当然のことながらデメリットもあります。


静かな雰囲気が常連客に愛されていたカフェに、テレビで紹介された途端、一見のお客さんが殺到。常連客がいなくなってしまったといったケースはよく耳にします。


テレビの影響力は、あくまで放送直後に集中する「瞬間最大風速」です。


ですから、押し寄せた一見客が消え、常連客まで来なくなってしまったら、アガサ・クリスティの小説ではありませんが「そして誰もいなくなった」となってしまうのです。


他にもーーー


「問い合わせが殺到して、ホームページのサーバーが吹っ飛んだ」

「電話対応が大変で業務に支障をきたした」

「営業を休んで撮影に協力したのに、謝礼も補償もなかった」

「パンケーキがテレビで評判になったので、新たに増産のための設備投資をしたはいいが無駄になった」

「行列ができるようになったはいいが、近所から苦情が寄せられた」


といったケースや、中には「税務署に目をつけられた」とか、美しすぎる女性店長がテレビで有名になって「ストーカーまがいの客につきまとわれた」といった笑えないケースまであります。


世の中のすべてのことに、メリットがあればデメリットがあります。


テレビPRを仕掛ける際は、こうしたデメリットがあることを十分理解して対策を考えた上で行うべきでしょう。


テレビの影響力は「瞬間最大風速」である


最大のデメリットはやはり、テレビの影響力が「瞬間最大風速」であることです。放送直後の反響は驚くほど大きいのに、しばらくすると、潮が引いたように元通りになってしまう……。



ただし、「瞬間最大風速」なのは、Yahoo!ニュースなどのネットニュースも同じです。


私も何冊目かの著書がYahoo!ニュースに掲載されてAmazonの在庫がたちまちなくなったことがありますが、その反響はせいぜい1~2日ほどでした。


もちろんネットにあげられた情報はWeb空間に残り続けますが、その情報にアクセスしてもらうには、ピンポイントでキーワード検索してもらわないと辿り着きません。


ネット情報が「すぐ消えて、永遠に残る」といわれるゆえんです。


一方で、テレビ出演をきっかけに、その後、評判の行列店になったり、ロングセラーのヒット商品となったりするケースもあります。その違いは一体、どこにあるのでしょうか。


「愛の貧乏脱出大作戦」に出演した店は、今?


私が関わった、あるレギュラー番組に出演したお店の明暗を例に、その謎を探ってみることにします。


その番組が、1998年春から2002年秋まで、テレビ東京のゴールデンタイムで放送されていた「愛の貧乏脱出大作戦」です。



この番組では、お客さんが入らず赤字続きの飲食店や旅館の経営をV字回復させるべく、番組スタッフらが店の立て直しの方針や作戦を考え、その道の達人(有名店の店主など)のもとで店主らを修業させる。


そうして達人から認められた店主の店の外装・内装をリフォームしたりして、自力で客を呼び寄せられる繁盛店へと生まれ変わらせるプロジェクトを毎回、ドキュメント形式で放送していました。


この番組にはファンが多く、番組が終わった今もネット上に「愛の貧乏脱出大作戦非公式応援ページ」(https://ainobinbo.com/)なるサイトがあり、そこでは「出演店の全リスト」だけでなく、「出演店のその後」や「その後のその後」の様子が、ファンの自発的な追跡調査や、ファン同士の間での情報交換で報告されています。


このサイトによれば、番組に登場したお店は約180店舗。そのうち今も営業しているのは約40店舗だそうで、約20年が経過した時点での生存率は2割2分2厘の計算になります。


飲食店のために居抜き物件を仲介するサイト「居抜き情報.COM」によれば、飲食店は開店から2年以内に約50%の確率でつぶれてしまい、16年以上続くお店は、わずか6.3%だそうです。


「愛の貧乏脱出大作戦」に出演したお店は、22・2%が今なお営業を続けているわけですから、かなり高い確率で生き残っているといえます。


2割もの店舗がサバイバルした秘訣とは


単に営業を続けているだけでなく、20年が経った今も、あたかも放送直後のように行列が絶えない店があります。


茨城県桜川市のハンバーグレストラン「ペンギン」は、その代表選手といえます。



「ペンギン」はもともと、女性店主が離婚して女手一つで4人のお子さんを育てるために開業した店で、テレビ出演前には毎月30万円の赤字を垂れ流していた状態でした。


しかし、達人シェフから伝授された、フランス・ゲラント産の塩で食べる和牛100%の「俵ハンバーグ」が大評判となり、ママさん店長の愛情溢れる接客も好評で20年後の今も行列が絶えない超人気店であり続け、なんと店を訪れるバスツアーまでが組まれているほど。


日本テレビ「メレンゲの気持ち」や、テレビ東京「出没!アド街ック天国」で取材されるなど、都心から離れた立地にかかわらずマスメディアに取材され続けています。



東京都西新宿のラーメン店「麺屋 翔」も、店主の大橋望さんが29歳でオープンさせたお店が、なかなか軌道に乗らず大苦戦していたのですが、放送後は都内屈指のラーメン激戦区の新宿にあって、行列のできる人気店として各種メディアに登場。



透き通る黄金色のスープの特製塩ラーメンを目当てに今も毎日200人がやってくるといいます。


その味を大手食品メーカーのサンヨー食品が再現してカップ麺として販売。人気のあまり、品川店もオープン、本店と同じ新宿にもう1店舗を構えるまでの大成功を収めています。


大橋店主のインタビュー記事を読むと、当時の番組出演を「藁をもつかむ想い」だったと述べていましたが、その藁がきっかけで大成功を収めたというわけです。


テレビ出演後の成否を分けたものとは


こうした成功店と、残念ながら潰れてしまった失敗店の命運を分けたものとは、一体何だったのでしょう。


2010年に番組に、番組に出演した店の今を追跡取材した「愛の貧乏脱出大作戦スペシャル~あれから10年…復活〝その後を抜き打ち〟~」を担当したディレクターによれば、成功店の店主には共通することがあるそうです。


その共通点とは「テレビ出演でお客さんが押し寄せても驕り高ぶらない」、「期間限定メニューを開発するなどして話題をつくり、その後も情報を発信し続ける」、「ポイントカードをつくったりして、リピーターを増やす努力を怠らない」ことでした。


今も繁盛している店は、テレビの影響が「瞬間最大風速」に過ぎないことをよくご存知でした。テレビ出演はあくまで着火剤のようなもの、火を燃やし続ける努力ための努力をしなければ、火がすぐに消えてしまうことをよく知っていたのです。


テレビ出演の影響力を瞬間最大風速にしないためには、情報発信を続けるだけでなく、一度来てくれたお客さんをリピーターにしたり、クチコミで広めてもらったりする工夫が必要なのです。


テレビ出演を追い風にしたビジネスホテル


この項の最後に「マツコの知らない世界」(TBS)で、紹介され大ブレイクしたビジネスホテルの例を挙げておきましょう。


そのビジネスホテルが、ホテル評論家、瀧澤信秋氏に「日本一のビジネスホテル」として紹介された群馬県高崎市にあるココ・グラン高崎です。



ココ・グラン高崎は、高クオリティーなレストランや、全室に備え付けられた高級マッサージチェア、サウナや炭酸泉露天風呂が設置された充実の温浴施設などで、それまでも知る人ぞ知る人気ホテルでした。


それが放送後にはたちどころに全国区となり大ブレイク。

放送されている時からホームページのサーバーがアクセス殺到でダウン、問い合わせの電話が鳴り止まず半年先まで予約が一気に埋まったそうです。


その後、ココ・グラン高崎がどうなったのか。瀧澤氏が放送から3年が経ったココ・グラン高崎の現状をウェブサイト『くらしの経済メディア MONEY PLUS』にレポートしていますので、紹介しましょう。


それによれば当初は、それまでの常連から「予約がとれなくなった」といった嘆きの声が聴かれたものの、それ以上に3年間で新規のリピーターが激増。


放送から約3年経った今も稼働率約95%が連日続いていて、観光都市でないエリアでありながら〝ココ・グラン 高崎に泊まるためだけに訪れる〟ゲストで盛況を続けているといいます。


多くの人々に注目されることになり予約が激増したホテルで、スタッフが激務となったことは想像に難くありません。


そのことを瀧澤氏が詫びたところ、支配人は「確かに激務にはなったものの、むしろスタッフのモチベーションが大いにアップした」と語ったそうです。


全国から注目されるようになり、多くのゲストに接しながら仕事をするようになったことで、自然とスタッフが奮起したようで「大きく注目されることが最大のモチベーションアップになることを知った」と支配人はいいます。


従業員の方々も、自分の職場がテレビでポジティブに紹介されたことで、家族や友人から「あなたの勤めているホテル、スゴいらしいね」といわれて鼻高々。


テレビ出演は社員や従業員、スタッフたちの士気を上げる効果もあるのです。


経営会社としても収益が大幅アップ、スタッフ全員に相応の臨時手当が支給されたとのこと。ココ・グラン高崎はテレビの影響力を、良い相乗効果に変えた、1つの好例といえそうです。

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